9月8日(金)〜11日(月)
学校のすぐ近くの山で平和や命や環境を考える
ピースギャザリングが催されました。
「虹の祭」といいます。
白山の水に支えられて生きている私たちが
集って考える・・・・そんな企画でした。
運動会があったので、前半は参加不可能で
なんとか間に合った11日(月)は代休の日。
ラストのこの日は、ほとんど1日
講演会が行われる「トークコロシアム」にいました。
その最後のトークを飾ったのが
紅茶の時間の水野スウさんと薬害HIV訴訟の時に
実名でがんばっていた龍平君でした。
テーマ「私たちは微力だけど無力ではない」あ〜TVでみていた19才の若者が今
30才の青年になって私たちに自分で考え行動することの大切さを
教えてくれている!!と感じました。
薬害訴訟を通して伝えたいことの一番に龍平君は
「楽しく生きることはどういうこと?」をあげました。
うらみや憎しみを先に伝えるのではなくて
この言葉が先にきました。龍平君の人としての深さを感じました。
楽しく生きるというのは、決してごちそうやお金ではなく
「あたりまえのことをあたりまえにしたい」
そういうことだというのです。
自分はつい「楽しい」と聞くと非日常的なことを想像して
しまいますが、日常の当たり前がどんなにありがたく
楽しいかということを考えさせられました。

今の社会がお金を優先するからいろんなことがおこるのだと
薬害にしてもやはりそうでした。
薬害だけではなく、マンションの構造偽造事件
JRの脱線事故・・・様々な事件事故にお金優先の社会の構造がからんでいます。
そこのところの考えを正さないといろんな問題が姿を変えて起こってくる。
本当にその通りです。
では、自分に何ができるのか・・・
そこで、一人一人は微力だけど無力ではないということになるのです。
「私一人が何を言ったって変わらないわ」と言ってしまえば
何もかわらない。一人一人の小さな動きが大きな力をよびおこす。
そういう現象って確かにあるなあって思うのです。
目先だけの利益ではなくて、「本当にそれでいいの?」って問いかける姿勢。
争うのではなく、相手の意見をまず聴き(決して聞くではなくて)
その意見を非難せずに自分の意見を主張する方法。
命の問題を核にして、多方面の話をきかせてくださいました。
誰か変えるのではなく、自分に何が出来るのかを考えることが
いかに重要かをかんがえました。
自発的な動き、誰かに言われたのでなければ
いろんなことがどんどんできると・・・。
3500人の大学生達と手をつなぎ、厚生省を「人間の鎖」で
取り囲み抗議をした龍平君の語る言葉は
押しつけがましくなく、でも深みのある
今からの社会の方向を示す言葉がたくさんちりばめられていました。
対談終了後、お話しすることができました。
普通の講演会場とは違う、優しい雰囲気が建物にあったせいもあるかな。

先に話しかけたのは、私の母。
「ばあちゃんはね・・・」と自分の孫にでも話しかけるように
母は話しかけていきました。
「体に気をつけて帰ってね」と
私たちがいつも帰る時と同じように言っていました。
私は、教師としてやるべきことをまだまだやっていないなあと
そして、今やらなければ後でできなくなることがあるのだと
このとき初めて知ったことがあります。(無知でした。)
最後に、しっかりと握手をして龍平君と別れました。
ゆっくりと目を見て、いろんなことを語り合いたいと思いました。
ばあちゃんと母がそんなんだから娘も
私のなまえはひろっちです!!と元気にごあいさつして
帰りました。
真剣に聞いて、考えて頭が痛くなるほど集中していたのだけど
うまく文章で伝えられません。
でも、参加できてよかったなあと思います。
スウさん、龍平君ありがとうございました。
私、教師というとても大きな役割を背負った職業を選んだのだなあと
あらためて感じたお話しでした。

龍平君が中学生達に命について語ってくれたら
どんなにいいだろうとまた大きな夢をもってしまいました。
大切な大切な学びの時間のご報告でした。