4月から時間をおいては少しずつ進んできた
「わたしの樹」が
1学期の集大成として完成した。
そもそもは、中学一年生の初めての教材が
新川和江さんの「ポプラの葉」という詩だった。
「わたしたちは名付けられた葉なのだから
その生き方を自分で考えなければならない」
という内容。
最後には散り方さえも自分で考えようという内容。
生徒たちは、散り方まではなかなか思いをはせることは
できなかったが、その「生き方」の方には
納得できる部分がたくさんあったようです。
取り組みとしては以下のような流れをたどりました。
その1 入学したてのころ、将来自分がどうなりたいかを
考えながら、樹木の絵と100字の作文をした。
その2 授業参観で彼らの姿を見てもらおうと
絵をスライドに映しながら、長く書き直した
作文をたくさんの保護者の方の前で全員が読んだ。
その3 その発表に、自分のおこさんに対して
メッセージをいただいた。
参観に来られなかった方には、原稿をお送りした。
その4 自分の書いた作文と2ヶ月ぶりに出会い、
家の方からのメッセージを読み、
新たに詩を創作した。
伝えたいことの精選ですね。
どの作品もすばらしい輝きだったのですが
その中から、他の保護者の方の目に留まり、
自分の息子の感想の他にこの生徒へのメッセージもあったという
作品を紹介しますね。

まあ君の作品より
ぼくは、とっても広大な樹になりたいと思っています。
なぜかというと、ぼくは、身長も低いし、頭もあまりよくないし
力もないし、運動神経もよくないので、せめて心の広い優しい人に
なりたいと思っています。
身長が大きくなるわけでもなくていいから、自分のことを好きでいられて
まわりの人を好きでいられて、自分の毎日の生活を好きでいられて
人のことを信用できて、人に信用されて、
平和に生きていけるような人になりたいからです。
*お母様よりメッセージ
とても感動して、涙が出てきました。まあがこんな風に思っているなんて
びっくりしたけど、まあの日頃の行いをみると、
本当にこの通りだと思いました。
とても大切なことだと思うし、私自身もこんな風に生きていきたいと
思っているので、とても嬉しいです。
この作文を忘れないで、大きな樹のような人間に、幸せな人間に
育っていってください。
いつの間にか、まあも中学生、まだまだ子どもだと思っていたのに
こちらがはっとさせられるようなすばらしい作文に驚きました。
「大器晩成」小さな挫折や失敗にくじけず一歩ずつ着実に
この作文で描いた未来を自分で手に入れてください。
*最後に生み出された詩
「ぼくの樹」 ぼくの樹は
とりえのない
樹だけれど
なにもしない
樹ではない
なにもできない
樹ではない
すごいことをする
樹じゃないけど
がんばってみる
樹なんだよ
そんな樹に
してくれた母に
ありがとう

読んでいただいた方はどんなことを感じていただけるでしょうか?
最近の若い者は・・・・
中学生は、思春期は怖い、切れやすい年代と言われるけれど
そんなことはないんですよ。
中学生は無限の可能性、まだまだどんな風にも変化する
原石のような心を持っています。
国語という教科を通して、そんな彼らとふれ合うことのできる幸せ。
たくさんプレゼントしてもらっています。