1968念12月15日
私はこの世に生を受けました。
今日は39回目の誕生日でした。
休日だったので、生まれたという1:00に
母に「おかげさまで誕生日を迎えました。ありがとう」と
電話しました。
昨年は、朝に言ったので
「まだ生まれていないよ」と言われたのですが、
今日は、「そうやね、今頃うまれたんやね〜」というお答え。
ふふふ。
最近ではゆっくり話をすることもたまにしかないけれど
何かと私のことを助けようとしてくれる
いつまでもやる気満々の母なのです。
さて、前述の武生行きで「ちひろの生まれた家資料館」で
一冊の本に出会ったことを書きましたが
この本は私の中でこの1年間で一番感銘を受けた本となりました。

同じ誕生日ということもあってか
やはり絵の暖かさにひかれてでしょうか
いわさきちひろさんのことは大好きで
東京の美術館も安曇野の美術館も訪れていました。
(ちひろさんは私の生まれるちょうど50年前、1918年12月15日生まれです)
ところが、生誕地の武生にこんな素敵な資料館があるなんて
不覚にも知らなかったのです。
ところが、偶然にも訪れることができた先月
そして、この本を手にしたことにより
また、私の中で大好きな女性が一人増えました。
それは、いわさきちひろさんの生母
岩崎文江さんです。
明治二三年生まれの女性としてはとても珍しいことですが
奈良女の一期生です。
その文江さんは、教師でした。
その初任の地が武生だったのです。
本の半分以上は文江さんのこと
私は、その中でも教師としての文江さんの姿を食い入るように
読み進めていきました。
持ち帰ったら、寝ずにでも読んでしまいそうなので
学校にいつも置いていて、朝の読書タイムなどを利用して
少しずつ読んでいきました。
次はどうなるんだろう?
文江さんは一体、どんな教師だったの?
史実に基づいた本なのですが、
私にとったらまるでファンタジーが推理小説を読んでいるような
どきどき感でした。
後半、文江さんの長女知弘がひらがなでちひろと記載され始めた章からは
童画家いわさきちひろさんが主人公の物語への移りゆきます。
何冊も読んでちひろさんの自伝的な本。
それでも、母親の文江さんの人となりを知って読む
いわさきちひろ像はまた新鮮に私の心に焼き付きました。
絵を通して、平和を訴えたいわさきちひろ
優しい中にも芯があり
「鉄棒を真綿でくるんだ性格」と周囲に言われていたそうである。
あっ、私にも覚えがあるなあって思いました。
いつだったか、
「あなたは肉を切らせて、骨を切らさない性格ね」と言われたことがあります。
まあ、がんこだと言われているのだとは思うのですが
それは良い方にとらえることにしています。
今となっては、誇らしくもあります。
この岩崎家の二人の女性は
私の中の何か大切な物をくすぐる存在でした。
教師としての文江さんは、私の目指す姿でもあるのかもしれません。
さて、この本
「雪の降る朝」を書かれたのは
武生在住の上坂紀夫先生。
私の恩師、金沢大学の加藤和夫教授の高校時代の国語の先生でした。
ということは、私の先生の先生???
これまた、すごいご縁です。
加藤先生は、早速大切な資料の中から
上坂先生の書かれた物をコピーして送ってくださいました。
学校に届いた日、ありがたくて嬉しくて
そして、人はこうしてどんどんつながっていく不思議を感じていました。
今年の誕生日の今日は
夕ご飯は父ちゃんと娘が二人で作ってくれました。
父ちゃん特製の麻婆豆腐と娘が初めてご飯を炊き
おみそ汁を作ってくれました。
どんなレストランのフルコースより満足なのは言うまでもありません・
今年の誕生日のプレゼントは
ちょっと奮発して、ずっとほしいなあって私が言っていた
一眼レフカメラです。

これから、いろんな美しい物を写してくれるでしょう。
今は、私より買ってくれた父ちゃんが
アレコレ試して楽しんでいます。
そして、私に伝授してくれています。
ま〜なんてありがたいんでしょう。
外出しての撮影第一弾はもろみ蔵で開催中のクリスマス展でした。
TOKOさんとの楽しいひとときについてはまた次の機会に。
でも、クリスマス展なのでクリスマスまでには書かなくては!!
今年も感謝の誕生日は過ぎていきます。
休日に重なったから、なんてまあスペシャルなお誕生日でした。
お祝いのメールやメッセージをくださった方々
私の周りにいてくださるみなさんに感謝します。
本当に、ありがとうございます。
そして、39歳の一年もよろしくお願いいたします。