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震災から学ぶ2008
椿


今朝、阪神淡路大震災から14年目の朝を迎えました。
昨日の道徳の時間を使って、
「震災から学ぶ」という授業をしました。
震災がいかに大変だったかということを伝えるのではなく
そこから何を私たちは考えるかということを語りかけてみました。
今年の1年生はちょうど震災のあった年度に誕生した子どもたちです。
この大きな震災を「30年くらい前のことだと思っていた。」
という生徒が少なくなかった。
その事実に私の方が驚いたほど。

(クラスに向けて書いた通信より)

「あれから13年が経つんだね・・・・」
そんな言葉が最近聞こえてくる。
みんながまだ生まれたての赤ちゃんだった頃
なかには、まだこの世に誕生していない時に
日本は大震災に襲われた。

平成17年1月17日 午前5時46分のこと。
経験したことのないような揺れを石川県でも感じた。
それからの数日のTV報道では、
信じられないような映像や報告ばかりだった。
死者の数が次々に増え、関西に友人の多い私は、
心配でたまらなかった。

幸い、私の大切な人達で命を落とした人はいなかったが、
その後、避難所での暮らしを余儀なくされた友人がいた。

そんな経験をした友人に
「この震災で学んだことはありますか?」
「後に伝えたいことはありますか?」と尋ねたら
それはただ一つ
「命の大切さと重さ」を伝えたいとのことでした。
みんなはこの震災の年に偶然にも誕生した「命」
何年経っても覚えていてほしい。



授業では、被害にあわれた方の手記を二例取り上げて話をした。
一つは、長田区で生き埋めになった母を火災により亡くした女の子を
必死に家から引き離し、助けた警察官が書いた手記。
もう一つは、神戸の大学在学中の息子さんを亡くした
石川在住のお父さんが10年後に我が子に語りかけた手記。
(追記に掲載します。)

震災は大変なことだったけど、
「かわいそう」とか「自分たちは被災しなくてよかった」
ではなくて、そこから学ぶことをみんなに問いかけた。
それは、被災していない私たちの命も
わたしたちは、自分一人で誕生したわけではないし、
守られてきたわけではないということ。
ましてや、自分から命を絶つことだけは、
これから先も絶対にしてほしくないと語った。

後半、この震災の手記を通して自分と家族を思い、
両親に手紙を書こうと取り組みました。
その中から、ある女の子の手紙をここに取り上げます。

「両親へ」
じぃちゃんとばあちゃんが出会い、三人の子どもを産み、
長男が早くも私の「お母さん」と呼べる人と出会い、
長男は「お父さん」と呼べる存在になり、
二人の間に生まれた一つの命は短い間だったけど育てられてきました。
二人が別れ、「お父さん」が育ててくれた。
いつのまにか「お母さん」はばあちゃんになっていて、
無理して欲しくない身体なのに、育ててくれて、今では感謝しています。

お父さん、お母さん今さらですが、私に命をありがとうございます。
本人の前じゃなくて、ごめんなさい。
お父さん、恥ずかしいという理由もあるけど、
生きているうちにありがとうといえなくてごめんなさい。
でも、育ててくれてありがとう。
お母さん、まだ、見ぬ人だけれども、
あなたが私を産んでくれたおかげで、ここまで成長しました。
まだまだ成長が足りないけれどがんばります。
そして、命をありがとう。
ばあちゃん、じいちゃん、お父さんを産んでくれてありがとう。
私のばあちゃん、私のじいちゃんでいてくれてありがとう。
私は毎日必ず一生分の「ありがとう」と思っています。
これからも支え合っていきましょうね。
                                                                                   K.M.

彼女は現在両親がいない。
祖父母との三人暮らしである。
母とは小さいときに別れたようで、父は昨年病死した。
そんな彼女が、初めて父・母に感謝の言葉を表現した。
両親が揃っている生徒には重すぎるとさえ感じられる
授業だったかも知れないが、
この一人の女の子がこんな風に思えたらそれでいいと
私は思えた授業でした。

彼女にも光は差す。
どんなにつらくても生きていてほしいと心から願っている。
日差し


神戸の大学に通う息子さんを亡くされた父の手記を
読んでみようと思われる方は続きをごらんください。
2年前に旧枕草子に一度掲載したことのある手紙です。
「息子への思い」

あれから9年が過ぎて3288日目の朝
10年目を迎えます
あの日も今朝のように
凍てついていて暗くって
9年がうそのように過ぎました

英人よ 今年も神戸に来れました
母さんと二人で
この日が過ぎないと 家にお正月が来ません
あの年は一緒に 初詣に行ったね
あの時の写真が 最後になりました

あれから家のお正月が 変わりました
年の暮れに年賀状は 書かなくなりました
初詣も行かなくなりました
今日この日神戸に来ると新年が明けます
善いことではないけれど
そんな習慣が、家の習慣になりました
今年も来ました お陰様でこれました
神戸の三カ所にある 慰霊碑の君の名前を
指でなぞるだけなのに
今日からまた 一年を刻み始めます
3288 3289 3290 3291
もう数えるのはやめます

あの日のことは やっぱり本当で
あの下宿の前の車の中で見た
凍てついた月 間断のないサイレンは
被災された多くの方々の記憶の中

金沢も今年は雪が少なく
好きなスキーには帰らない方がいいよ
あのままの君の部屋 泥のついたままの
真ん中で折れているスキー
今年は片づけようと思う
テニスのラケットに ボールも空気がなくなってさびしそうだ
大学の軟庭のパートナーだった K君が結婚したそうだ
それだけ年を重ねたのだね

今日こうして被災された多くの方々と一緒に
こんな記憶も 大切語り継いで
失った多くのもの 多くの宝
決して忘れずに 大切にして
優しさと暖かさでまた10年目を歩いてゆこうと思う

あの日を忘れない 今日のこの日を忘れない
そうして支えていただいた多くの人の心
頭は今は元気
英人よ 君への想いは
神戸のたくさんの方たちと生き
大好きだった神戸の街と一緒にあるよ
神戸と聞くたびに 心震え、この街を 私たちは一生愛します

英人よ 息子よ 私たちの誇りで、大切な記憶
また来ます 神戸に
そのためにも、父さんも、母さんも体を大切にしているよ

またの日を!


きっと、ご両親は今年も神戸に行かれているはずだ。
そして、明日から今年が始まるのだ。

正月風情
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【2008/01/17 19:02】 | 未分類 | コメント(3) |
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コメント
由美子さん
涙ナシには読めませんね。
中学生の作文も
震災で子どもさんを亡くされたお父さまの文章も・・・
ワタシは長男を生んだあと
ちょっと身体を壊して3ヶ月も入院生活を送ったので
その頃、命のこと考えました。
だけど一番うれしかったのは
まわりのみんながいっぱい助けてくれて
やさしいキモチを感じることが出来たこと。
中学生の女の子も震災のお父さまも
たくさんのやさしいキモチをもらって
元気になってくれたらいいなぁ~!
なんて思いました。
由美子さんは
愛で溢れているなぁ。。。って思います。
【2008/01/20 00:23】 URL | ippo #danFcV4.[ 編集]
震災学習を、
ありがとうね由美子さん。
素敵な授業だね・・

こうして生かされている命、
大切にします^^
【2008/01/20 06:43】 URL | マロン #GYnFN4Ng[ 編集]
♪ippoちゃん
 こんな長い記事をちゃんと読んでくださって
 ありがとうございます。

 私、そんな偉いもんではないです。
 私は周りのみなさんが愛を注いでくださるから
 生かされているんだと思います。

 少しでも、私も周りのみなさんに返せているかな?

♪マロンさん

 こちらこそ、ありがとうございます。
 これからが、また新しい年代です。
 忘れてしまいたいこともあるけれど
 語り継がなくては、語り継ぎたいこともありますね。

 生かされているって本当にそう思います。
 震災にあっていても、いなくてもね。

 いつも本当にありがとう。
【2008/01/22 23:24】 URL | 由美子 #-[ 編集]
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